傷つくならば、それは「愛」ではない

人を深く知る事や、人を深く愛する事は、時にとてもこわいことだと感じる事があります。本当の自分の気持ちを伝える事が、簡単には出来ない事もあります。そのお気持ちを作り出したのは、あなたの過去にあるのでしょうか?

傷つくならば、それは「愛」ではない。

私はそのコトバが好きです。

 

「愛って何だと思いますか?」私に問われたことがある会員様も少なくないと思います。ほぼ大半の方が「五十嵐さんそんなの考えた事なかったですよ(笑)」と言います。「でもね、結婚したいと望む事は、結婚のその先に【愛】それを育てていくのですよね♡」「そう言われたら…そうですね(#^.^#)」

【愛とは?】

一番ベタで近くにあって分かりやすい基本のカタチは「親の愛」ではないかと思います。環境や関係はそれぞれではあるものの、訳の分からぬ方向に行ってしまって、上手く愛せない事もあるけれど、人間は完全ではないし、親だって初めて親になるのは20代でもあるのですから、人生のなんたるかさえも、よく分からなかったり、親自身がその親に与えられた傷を抱えたまま親になる事も多いのですから、色々な事があるでしょう。でも、やはり「親が子を想う」それが究極に感じるのです。自分の命もいとわず差し出せるほどに、そして子が唾を吐いてきたような時だとしても、それでも【大切にしたい】【守りたい】見返りなど求めない強い想いです。

一緒にいて楽しいとか、空気の様な存在とか、支え合えるとか、そういう事をパートナーへの愛と、とらえる人も多いけれど、愛し方のお手本は【相手を大切にしたい】【相手を守ってゆきたい】その想いだと思うのです。

だから、愛で傷などつくことがないというのです。
その想いが本物なら、別れた相手を責める事も、愛を返して欲しいと望む事も、縛る事もなく、ただ相手が幸せになれるのなら彼のパートナーが自分でなくてもかまわない、それが私にとっての幸せでもあるのだと、それが【愛】なのだと思うのです。

 

本当のあなたを深く知りたい。本当のあなたを深く愛したい。

お互いに求め合える関係が、どれだけ貴重な事なのか、よく知っている。

それがたとえ、インスタントラーメンの様に、お湯をそそいで簡単に出来たような、小さな恋だとしても。過去がどうであっても、自分自身と未来は変えることが出来る。何でもかんでも真剣に取り組めば人生は短い。自分の本心もごまかし殺して、生きるだけなら人生は長すぎて退屈する。

 

あなたは人を心から愛したい?本当の相手をもっと知りたい?欲しい未来はどんな未来?大切にしたいと思える人がいる生活は、荷物を背負い込むように、重く感じることもあるかもしれない。けれども、その荷物はいつも大切な宝物。

欲しい未来を求める限り、傷つくリスクもあるけれど、それでも末永く、一緒に生きる人がそばにいる、愛ある生活を望んでしまうのです。あなたは何をお望みですか?

 

 

 

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