五十嵐佳奈-いがらしかな– 血液型 A型 星座 魚座 性格 明るい冷静 前向きロマンチスト mbit 指揮官 動物占い 慈悲深いトラ 趣味 読書 旅行 温泉 ドライブ 仕事 食 健康食 焼肉 ラーメン フレンチ 好きな国 日本 好きな言葉 「生きてるだけでまるもうけ」 「明日死ぬかのように生きなさい。永遠に生きるかのように学びなさい。」

高校の頃の夢「結婚相談所」
私が4歳くらいの時に両親は離婚したので、父のいない家庭で育ちました。
手を繋ぎ仲良く歩く老夫婦のCMを見ては結婚に過度な憧れを抱きました。
そして高校生の頃の夢のひとつが「結婚相談所」でした。
「したい事を仕事にしてみたい!」
開業した時はシングルマザーで2人の子供と3人暮らし、製薬会社の正社員で毎月ギリギリの生活費。
とても子供達の為に将来の学費を貯める事も出来ない状態でした。
1度目の結婚と挫折
私は10代の頃と20代の頃に結婚と離婚を2度経験しています。
お相手は中学生の時に片思いだった人で、高校になって恋が実りお付き合いが始まり、私にとっては大恋愛で、そのまま18歳で結婚しました。
カラオケに初めて連れて行ってくれたのもその人でした。
中学を卒業した日にも遊園地に連れて行ってもらいました。
私が見た事のない景色や、食べた事のないものを教えてくれました。
高校生の頃は門限があったので、毎日迎えに来てくれるのですが、家に帰る時にはいつもさみしく感じました。
門限がなくなるから結婚したらずっと一緒にいられると、勝手に信じていたのです。
結婚したら一緒に星を見ながらお話しするのが夢でした。
でもそういう甘い夜は1日もありませんでした。
お相手が帰ってこなくて、ひとりで毎晩悲しくて泣いていました。
そんな可愛い時代もあったのです。
台風の日、ガタガタ揺れるアパートでひとりぽっちで待つ夜。
「もういい…」
愛を逆に憎しみかえて、強くなってしまったのです。
愛し続けることから逃げたのです。
当時の私は強くなる方法を他に知らなかったのです。
開き直った様に、相手を傷つける事に対して何の躊躇もなくなりました。
離婚したいと言いました。
その後、長男を授かった事が分かりました。
子供のためにと修復を試みましたが、余計に傷つけ合い憎しみ合い泥沼の離婚を経験しました。
二人共がとても苦しい離婚でしたが、とても学びの深い結婚でした。
別れた事にカケラの後悔もないけれど、この挫折で学んだ事がありました。
五時半に起きてお弁当を作る事や、家事をきっちりこなして、散財せずに貯蓄をコツコツして、真面目に家庭を守る事が正しいことではなかったのです。
私は何も悪くない。
精一杯やっていた。
相手だけが悪い。
そう思い込んでいたけれど、大切な事が欠けていました。
お相手が心から早く帰りたいと思える場所であること。
そして家を支える男性としての仕事に向かうストレスを全く分かっていなかったので、自分が大黒柱になった時に我が身を持って知る事になりました。
お互いが結婚生活に求めていた事への理解が全く出来ていなかったという事も、すれ違う大きな要因になりました。
2度目の結婚
2度目の結婚のお相手は、当時アパート中にねずみが大量発生し、急いで引っ越し先を探していた時に行った不動産会社の担当者でした。
あずける事が出来なかったので常に子供と一緒だったのですが、その担当者に長男が懐いて「パパになって」と言ったのです。
小さな男の子も欲しいと言いました。弟が欲しかったようです。一度も喧嘩したことのない今も仲の良い兄弟です。
お相手に予想外の借金と多くの不払いがあり、金銭感覚があまりにも違う事が結婚後に発覚しました。
かと言って×2は洒落にならないから、何とか借金を早急に返してしまおうと、育児休暇中には旦那と入れ替わりで夜働きに行ったり、何とか少しずつ貯めてきた貯金を崩し、相手の借金返済にあてたり、かなり無理をしました。
3年後に借金を完済し、私名義で家のローンを組んで、これからフラットに頑張っていけるという時に、早々にお仕事を辞めると言われて、それまで頑張っていた糸が切れたように、50万渡すから別れて欲しいとお願いしました。
ただ、この結婚があった事で、お金に細かくて自分に使う事が出来なかった私が、離婚後には逆に「自分の好きな事をしてみたい!」と結婚相談所を始められたのだと思います。
そして金銭感覚のすり合わせが、結婚前にはとても大切だという事を身を持って感じる事が出来ました。
価値観の不一致
離婚によくあるのが「価値観の不一致」という理由です。
「穏やかにお互いの意見を話し合える関係」が波風がたった時に乗り越えられる人達ではないかと思っています。
もちろんお相手を思いやり「自分が我慢する」「相手に常に合わせる」というのも美しくはあります。でもそれは「苦の大きさ」にもよります。苦にならず「合わせさせていただける」ぐらいに思えるのならともかく、「大きすぎる苦」になると、相手に対する気持ちが長く続きません。
その結果、気分良く合わせてもらって過ごしている方は問題に気づくことも出来ず、崩壊してからやっと取り返しがつかない状態であることに気づくか、離婚した後も別れに至った理由が理解できないままの場合もあるでしょう。
又、目に見えて壊れる事がなくても、お金さえ入れてくれれば良い。
偉そうにされても生活の為にと開き直り、仮面夫婦を続けているだけの夫婦もいます。
表面的には別れていなくても、もはや紙一枚で縛り付け合い、心は離れ関係は壊れているのです。
結婚前のお話し合いが大切な理由
リングザベルでは本交際に入られた頃に、すり合わせをしておく方が良い事柄をいくつかお伝えしています。
それぞれの価値観は「歩み寄れる範囲なのか?」を確認していただき、結婚してからの大きすぎる食い違いを避けてもらうという目的もあります。
そしてもう1つの目的があって「意見が分かれた時にどんな風に話し合いが出来る二人なのか」も知っておく必要があるからです。
知っていれば結婚しなかったのに…というのは最悪です。
もちろん結婚しないと分からない事の方がとても多いとは思います。
年月を重ねて自然と変わっていく事もあるでしょう。
でもどれだけ似ていても絶対に違うし、結婚は全く違う国と国がくっつくようなもの。
「自分の気持ちを伝える」「話し合える」きちんと対話出来る関係を築いてから結婚して欲しい。
そうしたら会員様を安心して送り出せるように感じています。
結婚はゴールではなくスタートです。
もう1つのキッカケは絶望がくれた
好きな事を仕事にし始めたきっかけにはもう1つ理由があり、当時7年勤めていた会社で、年に一度しかない昇給が500円だった事で大きな衝撃を受け、正社員だからとしがみついていても仕方がないと確信しました。
当時は大きな絶望を味わいました。
なぜなら子供が熱を出す度に解雇され、小さな子供を抱え大きな不安を感じ、ハローワークに通い続けて見つけた、当時たったひとつの会社だったからです。何がたったひとつだったかと言うと、小さな子供をあずける人がいなかった私には「土日休み」「残業なし」「延長保育に間に合う時間まで」でないと働けないという条件があり、それに合う職場は当時唯一。
パートでなく正社員での雇用にこだわり続けたのは、正社員であれば子供たちが大きくなった時に教育費も支払えると信じていて、シングルの手当てに頼って収入を落とし生活をする事は、長い目で見た時に自分が自立出来ないと考えていたからでした。
当時23歳、真剣に考えたとてそれくらいの知識でした。
この出来事は何を教えてくれているのか?
それでも今となって思えば、辛い事や不都合な出来事は、全て自分の人生を良くするためのチャンスだったと思います。人生に良い事だけ起こる事などないでしょう。
何か予期せぬ事が起こった時には「この出来事は私に何を教えてくれているのかな?」と考えていて、その思考こそ「もっと現状を良くする」「強運になる」に繋がってきたと思っています。
私も含め人生の波風が強いと、自分だけが努力をしてきた、自分が一番大変な思いをしてきた、誰よりも波乱万丈に生きて乗り越えてきた様に感じてしまいがちだけれど、みんなどれぞれのキャパの中で真剣に人生を右往左往、上がったり下がったりして一生懸命生きておられます。
自分だけが特別だと思い過ぎない方が良い。
失敗、挫折色んな気づきもありながら、大抵の事を笑って乗り越えられる自信があっても、大切なパートナーと少しでもすれ違った夜には、何となく心に影を落としてしまう事もあります。
それが人間だと思うし、人間らしくて良い。
その感情に浸る事があっても良いと思うのです。
無理にポジティブを装ってはいけません。
エセポジティブはすぐに崩れてしまいます。
落ち込んだ気持ちともきちんと向き合う。
「大丈夫!」「大丈夫!」と本当の気持ちを無視したりせずに、いちいち「どうしたの?」「どういう感じなの?」自分に聞いてあげる。
自分の気持ちにきちんと向き合ってあげましょう。
今は一番未熟な時
全て自分は分かっている。
だいたいの事は分かっている。
私も含め結構過信しがちです。
伝えてもらって初めて気づけることもある。
今はこれから先で一番、未熟な時です。
まだまだ未熟者だと、常に聞く耳を持って、謙虚に進んでいきたいと思います。
過去を生きる人々
今まで何回お見合いしても上手くいかなかったのだから、これからもそうだろう。今まで結婚出来なかったのだから、これからもそうだろう。
今までつき合った事がないのだから、結婚なんて出来るはずがない。
私は男運がないんです。なぜならこれまでろくな出会いがなかったから。
自身の過去とか経験を元に考える事が、常識なんだと考えておられる方が結構多いんだなぁと、正直残念に感じてしまいます。
考え方は自由ですし、そう生きたいのなら仕方がない。
なぜなら割と真実っぽい事はおっしゃっておられるから。
でも真っ当なようでそれは全く意味がない。
「過去を生きているだけ」とても残念な事だと気づいてもらいたいのですが…
今の現実を変えられるのはあなただけです。
これからどこまでも可能性があるのに。
こんなものだと自分で決めて諦めるのですか?
未来を不安に感じる人々
何かと先を予測して、失敗のないように考える。
賢い人ほど考える。
失敗を恐れて何も出来なかった人生は、失敗はないかもしれないけれど、その人生が一番の失敗だったと言う説もある。
相手の職業柄、倒産は大丈夫か…
相手の職業柄、転勤はあるのかないのか…
相手のご兄弟がおられないけれど、親の介護は自分にまわってくるのか?長男?次男?
この言葉を言ったから、モラハラ気質なのではないか…
何だかお金のことばかり話して、ケチ過ぎるから結婚したら逆に不自由なんじゃないか?
先の不安を考えだしたらキリがない。
私たちは明日生きているという保証もないのに。
この結婚にメリットはあるのか?
そんな自分中心な考えを持ってしまうお相手と一緒になるよりも
「どんな時もさせていただきたい。」
相手の会社が倒産しても支えあって生きたい。
この人のご両親の為なら、出来る限りのことをさせていただきたい
そんな風に思える人とご結婚を決められたら良い。
もちろん、綺麗事だけで生きてはいけないとも言う。
だけど「自分が自分が」と考えてしまう人生の、何が一体幸せなのか…
自分の事以上に大切にしたいと思える人と出会う事が、そして家族になりたいと結婚を互いに決める事が、本当のお幸せではないのかと思います。
今を生きている人だけが、結婚出来るのです。
先のリスクを数えて、我が身を守り始めるならば、まだそのお相手は本当のお相手じゃない。
結婚しなくても私たちは幸福に生きる事が出来るのだから。
他人は変えられない
過去と他人は変えられません。
もう少しこうであってくれたら…
しきりと人は他人の言動に注意を配り、繊細に受け取り、自分の中の期待や都合を相手に押し付けてしまうことがあります。
それが不平不満の始まりです。
こう言ってくれたら良いのに。
意のままに操り操作したいと自分ではそこまで思っていなくても、そういう気持ちの裏には自分勝手な(完璧主義)が隠れている事が多々あります。
そんなつもりでは全くないし、自分では気づかない事が多いので、相手の何かを変えて欲しいと感じる時には特に注意してご自身の心と向き合ってみてください。
普通はね、という暴力
普通こんな事します?
普通こんな事言います?
よく聞くことばです。
常識はね!マナーはね!
あなたの為に言ってあげているのよ。
それはもう言葉の暴力です。
自分の常識?大半の常識?
相手を責めず、不快ならあなたのお気持ちを、ただ伝えましょう。
変わらなきゃ愛されないなんて辛い。
合わせなきゃ愛されないなんて虚しいもの。
誰しもありのままを愛して欲しいと望んでるのだから。
夢は楽しむ為に見るもの
副業で始めた結婚相談所でしたが、「副業禁止」の会社の規則があり、地元の情報誌で紹介していただいたのを機に社長にバレてしまい、結婚相談所をやめるか、会社を続けるかのどちらかを選ぶようにと言われました。
選択肢は「結婚相談所継続」ひとつしかありませんでした。
誰にも頼る事も出来ず、養育費もほぼ受け取れなかった私は、生活費を確保するため、自由に動ける保険会社に籍を置かせてもらい、夜は皿洗いのバイトに行き、赤字で続けていました。
生活費を他の仕事で工面しながら結婚相談所を焦りと不安の中で2、3年続けていた頃
「夢は楽しむ為のものであって、苦しい夢なら見ない方が良い」とおっしゃってくださった方がおられました。
「生活費も、成長して行く子供たちの教育資金の確保も必要なのは確かな事だけれど、お金の為だけに結婚相談所をしている訳ではない」
「頼ってくださる目の前の会員様のお幸せを一番に考えてお仕事がしたい」という所に立ち返る事ができ、「やりたい事」と「生活費、お金の事」を切り離して生きるようになりました。
どんな状況であっても日々夢を見て、楽しく幸せに過ごす事に集中しました。
本業、結婚相談所だけで成り立つ
その頃、サポートさせていただいた会員様の口コミのお陰や「婚活ブーム」が重なり、ありがたい事に来客が増えシングルマザーの私が結婚相談所一本で生活が出来るようになりました。
赤字なのに迷うことなく7年務めた製薬会社を辞めた理由は、私を信じて始めてくださった会員様が数名おられたことと、10歳だった長男にお年玉貯金を開業資金として借りていたので簡単にはやめられなかったからでした。
結果的に子供達が希望する進路に対し高額な借り入れなどせず、大学や予備校にも行かせてあげる事ができました。
1年以内の成婚を目指しても
結婚相談所では成婚退会の時、会員様はみな「やってみてよかった!」「頑張って良かった!」「諦めなくて良かった!」とおっしゃってくださいます。
そして口をそろえて「半年とか1年以内とかで決まるのは…ちょっと考えられないな…」とおっしゃいます。
もちろん短期での成婚者もおられますが、皆が短期で成婚できるというのは、どんなプロ仲人や神業をもってしても難しい事です。
そして、もちろん早く結婚出来たから幸せになれるのかと言うと、絶対にそうではない事、私はそれを見てきました。
今ひとりだから不幸だというのは大きな間違いです。
婚活による無価値感との向き合い方
男女の出会いというのは常に自己肯定感を刺激されます。
自分が無価値に感じてしまう事もあります。
なぜなら誰でも断られるからです。そんなに短期間で何人もに断られたら、通常の人なら少々病んでもおかしくないと思います。想像以上に過酷な現状と向き合っています。
そんな時に頼りになるのは、「物事の受け取り方、考え方」です。
なかなか結婚が決まらない会員様を前に、私も一緒にしんどくなってしまう事もありました。
どうしてそこまで罪悪感を受け取り苦しいのか?自分が無価値に感じるのか?
それは私が目の前の会員様の未来を、会員様以上の希望を持って、描き続ける事が出来なくなっていたからです。
何度も何度もお申し込みを繰り返し、やっと決まったお見合いに向かい、断られたり、やっと仮交際に入られたのに、もうプロポーズまでいったのに、その心を想うといつも胸が締め付けられている様に苦しくて、切ない思いで一杯になりました。
完璧主義、プライドは不要である
最近はお仕事に変なプライドを持っていた事にも気がつきました。
「成婚者は100%であらねばならない」「諦める人はいてはならない」
それは「恥」や「罪悪感」に繋がり私自身を苦しめ、起きる出来事の度に「無価値感」に囚われました。
「こうすれば良いのに」「どうしてこうしないの?」「もっとはっきり話せば良いのに」「もっと相手の話しを楽しそうに聞いたら良いのに」
そういう相手をコントロールしようとする言葉を昔は思わず口にしてしまう事もありました。
なので一生懸命励ましたつもりが「五十嵐さんは私を可哀そうだと思っているんでしょう」と言われてしまった事もありました。
やる気がなくなってしまった日もありました。
まだ目に見えない未来を提供するより、目に見えるものを提供したくなった事もありました。
心理学を習いに行きました。カウンセリングの基礎や仕方を習って、私が会員様と母子一体感を持ち過ぎてしまっていた事にも気がつけました。
愛と受容の心でお仕事を続けたい
私は私。会員様は会員様の人生。経験してこその学びや幸せがある。
辛い時やピンチがあったから、幸せな時を運んできてくれた私の人生の様に、良い出来事も悪い出来事もいつも表裏一体。
受け取り方ひとつで私たちは今すぐにでも幸福になる事を選ぶ事が出来る。
「成婚は100%にはならない」「諦める人は0にはならない」
その世界の中でも、私が会員様に出来ることは、過去のネガティブな経験やプライドを捨て、勇気や意欲を持ってあと一歩進めてもらえるように微力ながら月1カウンセリングをしてゆく事でした。
会員様の未来、人生を信じてサポートさせてもらいたい。
プライドではなく、愛と受容を持ってお仕事をさせていただきたい。
結婚相談所への疑問を抱えて
20年近く結婚相談所をしてきたのに、正直きちんと向き合えていなかった事がありました。
「結婚したら幸せ」になれる訳でもない。
「独身が不幸」である訳でもない。
「結婚することにそこまでこだわる必要があるのか?」
そもそもの疑問でした。
「結婚出来なかったらどうするの?!」入会を急かす熱意も、「結婚!」「結婚は良いよ!」と言う情熱も「結婚相談所をしたい!」と考えていた当時の私は高校生でした。
結婚に2度パンチを食らった私の中では「結婚=幸せ」という方程式が成り立っていなかったのです。
自身の婚活
それでも「私もいつかまた結婚がしたい」と言っていたのです。
「自立していて結婚するメリットなんてあるの?私があなたなら、もう結婚なんてしないのに…」結婚している友人が口にしたこともありました。
1,二度目の旦那の苗字のまま死にたくないから。
2,結婚に失敗した女のままで終わりたくないから。
3,ひとりで人生を謳歌している母と同じ人生を歩みたくないから。
これが当時子育ても終え、本格的に婚活再開した私が説明した「結婚したい理由」でした。
思えば…なんとネガティブな発言だったのかと我ながら恥ずかしく思います。
今は、私にとってベストな道を用意していて、そこに向かって生きているのかなぁと思っています。
「もう結婚しない人生」であっても「まさか結婚する人生」であっても、それこそが私の人生にとってベストな道だったんだと受け止めようと思っています。
諦めもしないけれど、自分の人生に委ねる部分であって、頑張ってどうにかしようとかいうお気持ちは今の私にはないのです。
父への憎しみ
私の一番幼い記憶は父が母に殴ったり蹴ったりしていた境内での状況でした。
その後すぐ両親は離婚しました。
3つか4つの時の記憶が私にはあって、それで随分と苦しみや葛藤がありました。
特に授業中にフラッシュバックの様に浮かんで消えなかったのです。
父を憎むだけではなく、自分の事も責めました。
手も足も声も出なくてただ泣く事しか出来なかった、小さな自分が許せなかったのです。
父はコワイ人相手にギャンブルもしていて、母が嫁いだ先はお店をしていたのですが、レジからもドンドンお金を持って行ってしまったそうです。
赤ちゃんの頃のアルバムは穴ぼこだらけ、父の写真を幼かった私が全部捨ててしまったからです。
私は40年以上「憎むべき当然の相手が父」として生きてきました。
でも思うところがあって会いに行きました。
そして父への強い思いを手放すことに成功しました。
私の心は今までと比べて、驚くほど軽くなりました。
手放せて初めて、こうも違うのかと、今までの心の重さを知る事が出来ました。
それまでは自分の心の重さが普通だと思って生きてきたのです。
家族を憎む人の心の重さが、ご両親を愛している人の心と、同じ重さであるはずがなかったのです。
考えてみれば当然のことですが、体感しないと分からない事でした。
母への思いを手放して
私は母が大好きで可愛そうな人だから、とても心配で守りたくて幸せにしてあげたくて、小さな頃は一生懸命でした。
でも母の発した言葉ひとつひとつ、それを握って離さずに、愛されていない事を信じて生きてきました。
よく子供を産んだら、母の愛情に気づくと言うけれど、子供を産んで感じたのは「やっぱり母は私を愛してはいなかった」という事でした。
けれど色んなミッションを通して、母の愛を受け取れるようになりました。
そういう時には、生きながら生まれ変わったかのように心の違いを感じました。
どんどん穏やかなお気持ちになっていきました。
祖父への思いも手放して
祖父の事でも私の中での大事件があって、愛されていなかったんだと受け取ってしまって生きてきました。
祖父はいつしか90歳を過ぎ認知症になり、胃ろうの手術の為に入院もしました。
私は義務の様な気持ちで定期的にお見舞いに行っていました。
お風呂が大好きだったのに、入れなくなった祖父の足を拭かせていただいていた時に、急に愛していた事を思い出しました。
車が来るたびに抱きついては安心していた、保育園児の頃の愛おしい気持ちが溢れてきたのです。
祖父はそんな私に、声にもならないかすれた声で「ありがとう」と言ってくれました。
それが祖父の最後の言葉になりました。
一度愛した人は変わらず愛したい
私は結婚した人やつき合ったどんな人にも、ありがとうと感謝するように決めています。
あなたには綺麗事に聞こえるかもしれません。
「愛し合った日もあったのだから、いつか友達に戻りたい」
1度目の結婚で泥沼の最中、お相手に会っても、声を聞いても、動悸や息切れする精神状態の中で言った私に、「それは綺麗事だ」と母も言いました。
けれど過ごした時間は私の寿命の一部、そしてお相手にとっても同じ事です。
離れる幸せを選ぶ事がお互いのベストな道だったとしても、ひと時でも自分が良いと思って進んだ人。
その結果にどんな未来が待っていても悔いがないのは、どれも自分が選んできた道だから。
無理やりにでもありがとうと言いたいし思いたいし、それが自分自身を尊重する事にも繋がると信じています。
傷ついたからこそ気づける事があります。
傷つけていただいたからこそ、本当に大切にするべき人が見える事もあります。
人生で起こる全ての事が、私にとっては嘘でも宝物だったと思いたいのかもしれません。
それでも昔は許せない事がありました。
自分は何も悪くないのにと、あの人のせいで不幸になった。
苦しめられたと憎しむ気持ちで怒り震えた事もありました。
だけどそんな思いを何とか手放せば、軽くなった心が私を癒してくれました。
心は愛だけで満たしたがっている
私たちの心は愛だけで満たしたいと願っています。
何かが許せない時、誰かを許せない時、裁きたい時、私たちの心は楽ではありません。
心の大きさは決まっていて、誰かを許せない思いも、違う人への愛も同じ所に入っています。
だから心はそういうものを置いておくよりも、嘘でも「ありがとう」と手放せた時に軽くて楽になれるみたいです。
人を100%の心で愛しやすくなるのです。
離れるという愛のカタチもある
恋人でも友人でも、例え家族でも離れた方が良い場合もあります。
何でも投げ出せば良いというものでもないとは思いますが、ただそばにい続けることだけがベストだとは限りません。
時には「ありがとう、そしてさようなら」と静かに離れるという決断が、愛情の場合もあると私は思います。
セルフラブは人生(婚活)の基礎に
パートナーシップは豊かな人生にはとても大切です。それは男女関係に限った事ではありません。
その為にはまず、あなたがあなた自身とより良いパートナーシップを築いている事が必須になってくると考えています。
自分を嫌いだったとしたら、そんなあなたを誰かが心から愛するという現実を想像できますか?
自分を愛する事、セルフラブが全ての土台になります。
受け取り方の癖を変える難しさ。
2度3度転んでも立ち上がり、より良い場所まで自分を運んでくれるのは、自分自身であって他の誰にも出来ないのです。
それなのについつい自分を責め過ぎて自爆したり、環境や他人を責め続けてみたり、ただ諦め現状を受け入れ、自分で選択出来ず、流れるままに命を削ってみたりしてしまうものです。
だから何かモヤモヤとした気持ちに囚われるのです。
会員様には自分を愛する努力をするようにと、その為にはこう考えて見たら?こうしてみたら?時にウザい程お伝えしています。
今までそれで生きてこられたのですから、何十年も培ってきた受け取り方の癖を簡単に変える事に抵抗はあるでしょう。
それは右手の箸を今日から左手に持ち代える程、困難で違和感を感じるかもれません。
興味もないし、押し付けられたくないと感じる人もおられる事も理解しています。
でも、わたしの願いはありのままの自分を受け入れて愛してあげて欲しい。
自分の悪口は言わないであげて欲しい。
今をもっと楽しんで欲しい。
リングザベルに来てもらった事で人生を笑顔で喜んで謳歌出来るように、そのキッカケにしてもらえたら嬉しいと願ってしまうのです。
婚活市場などハッキリ言ってどうでも良い
年齢を重ねても男女ともその価値は変わらぬものです。
わたしもあなたもその価値は、自分以上の者も以下の者もいないのです。
まるでモノサシで人を計るように、「婚活の市場価値が…」とおっしゃる言葉をとても残念に思っています。
その歳にはその歳のあなたにとって相応しい、一生涯のお相手様がおられます。
何度も立ち上がる勇気と意欲
次男も長男も小さな頃、よろよろと何度転んでも立ち上がり歩こうとしました。
小さな頃はみんな何でも出来ると信じて失敗しても失敗しても、また挑戦しました。
泣いたり笑ったり大騒ぎでした。
そんな何も出来なかった小さな頃なら挑戦出来たのに、大きくなったら伸び伸びとチャレンジできなくなってしまう。
何度も転んだら恥ずかしいし、やってられないし、傷つくのもこわくて我が身を守る。
歳を重ねればなおさらチャレンジして転んだら重症になってしまう。
新しい人生やチャレンジを恐れるのです。
「勇気」や「意欲」を失くして「プライド」や「恐怖」の心に囚われるのです。
喜怒哀楽の経験は生きている証
私たちはお腹が空いている程に、食べた時に美味しさを感じられます。
ずっと幸せで、良い事しか起こらなくて、悲しみも苦しみもなかったら、お腹いっぱいがずっと続いているのと同じ。
寒いから暖かい時に嬉しくて、暑いから涼しさに喜ぶ。
恋人がいないからこそ、出会えた時の喜びがひとしお。
辛い恋ばかりしてきた人にとっては、穏やかに過ごせるお相手との時間のありがたさがより感じられる。
いつも恋に終わりがついてまわっていた人にとって、一生を信じられるお相手に巡り逢えたキセキはどれだけ大切に感じられるでしょう。
プラスとマイナス、悲しみと喜び、楽と苦、陰陽全ては常に表裏一体。
そのどちらも経験する事が既に大切な事であり、生きているからこそ出来る経験。
あなたはどんな苦楽を味わい尽くしてきましたか?
深ければ深いほど、そしてその出来事への向き合い方、受け取り方によって、人生の味は苦くも深くあなたの魅力も増しておられることだと思います。
あなたはそこにいるだけで価値がある
今日から毎日自分を愛してください、今までよく頑張ってきてくれたね、ありがとう。
「私の人生は私が幸せにしてあげる」
そうやって生きると決めてください。
あなたがそれを決めたのなら、あなたが悲しむ人とはもう会わないはずです。
あなたを粗悪に扱う人と、わざわざ出会う事はなくなります。
そこに相応しい選択をしてゆく事に繋がります。
親友にかける言葉の様に、自分に励ましの言葉を与えてあげること。
そしてほめてあげること。
自分の悪口は言わないで。
いつもどんな時も自分のミカタになってあげて。
頑張りますと言うのなら、◯◯しない事を頑張って欲しい。
もう既に頑張っています。
そして頑張ってきました。
婚活を頑張ると言うのなら、心を削りながらどうにもならない人と無理をして会い続ける事よりも、頑張らない事、無理し過ぎない事、受け取り方を変えること、それを頑張っていただきたいと、カウンセリングでは常にお伝えさせていただいています。
苦しい時に助けてくれた人
20歳前半、6帖一間で長男と暮らしていた私は、夜9時に寝かしつけた後、真っ暗で他の部屋がなく、浴室とトイレが一緒になった小さな空間で号泣していました。
自分の人生に悲観的になっていたのです。
いくつもいくつも会社はクビになるし、恋人とも上手くいかないし…
そんな時に何となく鏡を見たら、鏡の中の私が話しかけてきたのです。
「面白い顔して泣いてるやん」「ぶさ可愛い(笑)」「でも頑張ってると思うよ」
思わず笑ってしまって、それからたまに自分とも話すようになりました。
独り言は、おそらく自己対話ですね。
もしかしたら守護霊さんだったのかもしれませんけど…
その自分の声が割と色々と応援してくれるんです。
「どんまい」「失敗してるのかっわい!」「スッテキ!」とか言ってね。
そして孤独な時がなくなりました。
「やってみたら?」「大丈夫だよ」と応援もしてくれるのです。
あなたはあなたの中の声、聞こえた事がありますか?
たまにすごくスパルタな自分をご自身の中で飼っている方もおられて、やたら厳しい言葉をかけてくるようです。
もしも他人が否定的なことばかり言ってきたら苦しいですよね。
なのに自分が常に自分に向かって否定的な事を言ってきたら、もっとやる気がなくなってしまいます。
あなたの声をよく聞いてみて、もしも否定的な言葉を感じたら、あなたの一番の応援団長に育てなおしてください。
きっとこれから生きる上で素敵なパートナーになってくれます。
苦しい時に私を助けてくれるのは、他の誰でもない「自分の中の誰か」でした。
願望実現の近道【口で話す事、行動する事、心の中で真に思う事】
その3つの事に一切の矛盾なく進んだ時に願望実現はしやすいのです。
結婚したいと言いながら、そこに近づかない行動を取ったり、自分も気づけないところの中で何かしらの結婚に嫌な思い込みを持っていたら、口では結婚したいと言いながら、結婚に向かわぬ行動を無意識に取ってしまったりします。
カウンセリングで素直に開示してくれる方もおられるし、何か握りしめていて他人の言葉など受け入れられない頑なな方もおられます。
いずれにしてもどの経験もいずれはご本人の宝になるものなので、その事も含め一緒に紐解きながら、【愛されて当然の私】を【愛を受け取れる私】という、土台作りからのサポートも少しずつさせてもらいます。
それは今を幸せに生きながら婚活を続ける為にも必要な事ですが、結婚した後もパートナーシップを築く上でとても大切な土台となります。
諦めても良い
諦めないで欲しい。
あなたの欲しい未来の為に行動を続けて欲しい。
すぐに結果が出なくても、何度も何度もうまくいかなかったけれど、それでも諦めなかったからこの人に出会えた。
そんな日が来る。
あなたがうっかりご自身の想いを見失った時さえも…
あなたが満面の笑みで、少し照れながらお相手と一緒に成婚退会のお祝いにお越しくださる未来を私は信じてサポートさせていただきたい。
だけどね…諦めても良いんだよ。
あなたの人生はあなたが決める。
本当はどっちでも良いんだよ。
どっちが良いも悪いもない。
おわりに
私がこの約20年結婚相談所を続けてこられたのは、会員様を含め周りの方々のお陰様です。
そして自分はとても運が良いとも思っています。
毎晩ベットに入ってからの日課は手を合わせて感謝。
「本日も誠にありがとうございました。無事に帰ってこれました。安心して眠る事が出来そうです♡」
とても綺麗な国、日本に生まれて、有り余る環境に身を置き、あらゆるものが自由に手に入る時代だからこそ、私たちはこの手の中にある本当の幸せに気付く心も、未来を変えてゆく力も失ってしまいがちです。
水が当たり前に飲めるのは、当たり前ではない。
泣いて喜んでも良いほどのお幸せ。
今あるお幸せに気付けたら、ありがたさの中で今を喜んで楽しんで生きること。
あなたの人生で、出会うべき人がいるのなら、出会うべき時にきっと出会える事になっている。
それを信じられる場所で婚活を始めましょう。
一期一会、あなたと色々お話し出来る日を楽しみにしています。
「揺れてもいいよ。迷っても、つまずいても、泣いても、全部あなたの一部だから大丈夫。」
あなたはちゃんと、あなたのままで、愛されていい人です。
心理カウンセラー五十嵐佳奈