Ring the Bell 個別無料説明会

「婚活とは!」を語る人たち

愛とは何か?結婚とは何か?

ホワイトボードの戦士たち

誰かのブログとかYouTubeでの、婚活に対しての発信とか、あれやらこれやら、ぽけーと読んだり聞いていて、思うんですけどね…婚活の指導者たちって「婚活とは!」「結婚とは!」「恋愛とは!」みたいな発信してるんですよね。(私も含め(;^ω^))

きっとそういった発信者たちの心にも、自分は愛されているのだろうか…とか、お相手様へのヒトカケラの不満とか、罪悪感とか、さみしくて何となくの物足りなさや、ふとこのままで良いのか?進むべき方向は間違えていないのか?という自分自身の葛藤とか、少しはあるのだろうけれど、立場が立場だけに鎧でかためてそうしてホワイトボードの前に立っている戦士なのかもしれないと…妄想してしまう。

戦士はどうして必要?

えらそうに上からモノを言い、言い切り、自分は何かすごい者かの様に話している。けれどその内容に「そうでもないけどなぁ」と感じてしまう事は少なくはない。それでも、多くの人がその戦士に指導されたいのだ。「こうすれば良い!」「こうすれば上手くいく!」「こうしたら間違いない!」その言葉を聞いて、その通りにしようとする事が、自分で考えて感じて恋をするより楽なのだ。「この恋は間違いか?」「この人はダメ男なのか?」「この女は金目的か?」何かに当てはめて判断して決めて、「一般的に」「普通に」する方が自分の頭で考えなくても良いから、自分の心で感じなくて良いから、そのノウハウに頼る人がいるからこそ、成り立つ鎧の戦士たちが、今日もホワイトボードの前で「婚活や恋愛や結婚」について、真剣に話す。

学問とか、お金の事とか、お仕事の事とか、子育ての事とか、専門家の方がいて、そして教えてもらったりするけれど、「恋愛」「結婚」「婚活」って、誰かがえらそうに上から目線で教えるものなのだろうか?「結婚生活」について「夫婦」について、より良い関係を継続してゆく事には、コツが絶対にある様にも感じる。それでも他の夫婦がこうだって、自分たち二人にとっては、これがベストというカタチが全く違ってあったりして、枠に入れて「こうあるべき」という夫婦の姿やカタチはない様に思う、夫婦二人が「こうありたいね」と話し合ったり、思い続けることはとても素敵だと思うし、誰か他の人が入ってはいけない領域に感じる。だからこそ、モラハラとかパワハラとか二人の世界で起こってしまって、第三者が入った方が良い場合も確かにあってしまうのだろうけれど、加害者も被害者も、誰しもが幸せになりたいことには変わりはない。

結婚=幸せ?

「結婚」というのは、「結婚したから幸せ」というものでもなくて、「塾に行くよ。」とか「料理教室に行くよ」とか「大学に行くよ」とよく似ているな…と思う。行く場所であって、そこでは、もちろん心から感謝の気持ちがあふれる時も、満たされて幸福を感じることもある。二人で笑って楽しい時もあるけれど、夫婦である意味のない時もあるだろうし、悲しい時もあるし、さみしくて苦しい時もある。結構な人が「結婚」をいつしか目指すけれど、「固定的な幸せ」が手に入る場所ではない。人工的に作られた枠組みの中で、男女が共に暮らす「結婚」は、愛を育む場所であるし、あって欲しいと願うから、やはり私はとても「結婚」に憧れてしまうけれど、そうでもなくなっている「結婚」が沢山ある事を知らぬわけではない。

マッチングアプリで男女問わず既婚者が溢れている。彼らを責める事もない、独身の私たちとしては切なる願いで、少々の危険性も頭に入れながら、勇気を振り絞り、お会いしているけれど、彼らもきっと結婚しても塞がらないさみしい穴を埋める相手を、勇気を出して探し続けている、さみしい心の難民なのだ。抱きしめて欲しい相手が目の前にいたり、愛した日など思い出したくもないほど、もはや憎しみの心しか持てず、相手を拒絶してしまったりして、確かにそこに一時は愛を誓い合った、人と言う名のモノが一緒に暮らしているのに、それでも他の人を求めるというのは、1人で生きる私たちには想像も出来ない、ココロやカラダの通わぬ、他人より遠い同居人。もっと深い心のさみしさや辛さを抱えて。理想とかけはなれた現実を生きながら、身動きが取れず、変える事も出来ずに。「辛い様には見えませんけど?」な、心ない様な行動を取る者も、心を失くすほど辛い何かを過去に経験したのかもしれない。生まれつき、心ない赤ちゃんなんていないもの…

恋愛の素晴らしさ

「恋愛」というものは、とても素晴らしい。なぜなら「あなたが好き!」「出会えて嬉しい!」というその言葉が、自分の胸にあるだけで心地よさが半端なく、相手を想うその気持ちだけで、この心をとてもあたためてくれる。あげく「佳奈が好き♡」好きなお相手様から発せられるその言葉は、自分の全てを肯定してくれるように「わたし生きていて良かった!」とまでも、感じさせてくれるのだ。だから恋愛が好きなのだと思う。

恋愛出来なくても結婚は出来る

そうした中でも、最近は「好きになれない」「恋をしたことがない」「つき合った事がない」という若い相談者さんも増えてきた。たいてい、そこの感覚のよく似たお2人が繋がり結婚してゆく傾向がある。私の「好き♡」だという、もはや妄想のような、幼稚な感覚ではなくて、地に足のついた若者が増えて来たのではないかと考えている。恋愛と結婚は違うと考える人も多くて、そのどれも個々の事だから、何が間違いだとか、クール過ぎるとかでもなくて、確かに結婚となると、生活ではある訳だから、落ち着いた目で見て、お互い「生まれ育った違い」による出来上がった価値観を、話し合い歩み寄り、統合させながら生きてゆくのだから、全く国民性の違う国同士が1つの国になるよう努力するようなもので、きちんと「生活を共にしてゆけるのか?」についてとても大切なことで、恋は盲目、あばたもエクボとよく言ったけれど、恋をして結婚しようが、そうでなかろうが、そんなのご本人が良ければ、どっちでも良いのかもしれない。

出会いは重要

「出会い」というのは、とても重要で大切で、私の人生も男女関わらず、出会いなしに人生を語る事は出来ないと思っている。

何もせずに「出会いがないー♡」って言っていてもね…(-_-;)

「恋愛」「結婚」「婚活」は誰かに教わるものではないし、ココロもカラダも感じて楽しむもの。「出会い」なくして、そのノウハウばかりを頭に叩き込んでも何の意味もない。「出会う事、出会い続ける事だけは、諦めないで」「その出会いがあなたの人生の大きな変化に繋がるから…」「何も動かなかった今が動き出す。そしてその流れを自分でも止められない時がくる」

今は泣く子も、いつか笑う。

「五十嵐さんが言っていたのは、こういう事なんですね♡」

今はもう、息子ほどの歳の女の子のお世話をさせていただく事も増えてきた。私には女の子はいないけれど、いないからか、とても可愛いし、真面目で一生懸命で、素敵な子が多い。「どうしたらダメ」「こうするべき」そういう事を言わなくても、既にご自身でとても良く考えられている。がんじがらめにならないで、マッチングアプリの様にこわがらなくてもいい。

結婚相談所は困った時には守れる。

安心して出会いを自由に、自然な自分の心が喜ぶ方に、妥協なんてつまらない事を考えないで、めい一杯「出会うこと」楽しんでもらえたら、とても嬉しいと、私はいつも考えています♡

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