いつもブログを読んでくださっている方へ

Ring the Bell Counseling room
結婚カウンセラー14年目
心理カウンセラーでもございます。

さて・・・

2017年、「カフェがしたい」という夢が思いがけず叶い、激動の流れが来ました。

経験をしたくても、なかなか出来ない環境を与えていただいた事から始まった、

「すごく良い出来事」
「すごく悪い出来事」
あらゆるハプニング。

色々と考えさせられる流れの中で、書き綴ってきたこのブログは、あなたの心にどの様に、うつっていたのでしょうか。

ブログというのは、私の全てではありません。

辛い時に、悲しい時に、苦しい時に、そのままをその都度ここで公開する事もありません。
あなたと同じ。
わたしも生きております。

神や仏などいるはずもないわと、小さな私に発した母のコトバ。

確かに世の中には理不尽に死をむかえたり、幼くで命を失ったり・・・神がいるとすれば、どうしてこんなにむごいことが?と思ってしまう気持ちも理解出来ます。

いつも仏様の前で般若心経をよんだ私のお父さん代わりの祖父。

祖父の人生は、子供の時に母を亡くし、実の姉も又早くに亡くし、戦争に行っている間にまま母が、嫁を里に帰らせてしまい、新しく来た嫁(私の祖母)から産まれた母。

祖父は、誰にどんな祈りを捧げていたのでしょうか・・・。
祖父にとっての、その悪い出来事が起こらなければ、私も母も、産まれてなかった。
母もまた、すすめられた自分の望まぬ結婚をしていなければ・・・私は産まれてこれなかった。

ならば、産まれてきた事は、ありがたく幸せで良かったことなのかと問われたら「産んでくれと、頼んでないさ!」と感じた、思春期だってあった。

それでも・・・パンを買う為に、幼い頃にでも、身を売らねばならぬような貧困な国の環境と比べれば、随分とありがたい国に生まれ落ち・・・それと比べれば、悩みの1つさえも、また・・・小さな事ばかりなのかもしれない。

ありがたく思わなければ・・・と思いはしても、随分と思い悩み色んな苦や悲しみを抱えた幼少時代・・・。

また母も私同様に色んな苦や悲しみを抱え、生きておったのだと、今更ながらに思いめぐらせ、色々と思う訳です。

神も仏もいるものか。
いるならなぜに、こんなに苦しまねばならんのだ・・・。
自分の力で頑張って、自分ひとりで何とかして苦境を乗り越えて、ひとりで立ち、人生を切り開き、誰も助けてなどくれないと、自分で良くせねばならんのだと頑張り続けた母も、頑張り続けた私も、ある一定の幸せやモノを手に入れました。

わたしのブログを読んで、神や仏を信じる方の中には、上から言っているようにバカにしたように、感じられる方も、中にはおられたかもしれないけれど、そんなつもりはありません。

母は、祖父と祖母の命日にお墓参りをして、仏壇に供え物をしています。

最近、友達が、般若心経を覚え始めました。
うちの家の仏壇にもそういうものがあった気がしたので、見てみました。
読んでみました。

聞き覚えのあるものでした。

そして、最後に、目を疑ったのは、祖父の字で「これを勇希くんに」と書かれていた事でした。
勇希は私の子、長男です。

「なぜに???」

友達が般若心経の話しを私にしなければ、その字を見る事もなかったと思います。
日々変わっていきます。

ブログを読んでくださっている方は、時に「矛盾」を感じる事もあるかもしれません。

時に支離滅裂と感じられる方もおられるかもしれません。
けれど、他人の思考はあなたの思考をあぶり出す為だけのもの。

その者を憎む為でも恨む為でもありません。

なんか腹が立つ!
なんか悲しい!
なんか納得出来ない!
なんか分かる!
なんか響く!

その全ては自分を自分の心をただただ見つめる為の材料です。
わたしは「他人がどうであるか」ということよりもずっと大切なこと。

違う!と思うならば、モヤモヤした先に、なぜそう感じるのか?と突き詰めていくことで、自分の中に気がつく、何かがあるのです。
そうよ!と思うならば、その先に、あなたの答えがあるのです。

「あなたはどうありたいのか」
「あなたはどう生きたいのか」
「あなた自身はどうなのか」

私のブログは、つい読んでしまうのならば、それに気づくキッカケでしかないのです。
人は自分が正しいと信じていたいのです。

自分には間違いがないと、自分は正義だと、他人を責めたり批判したりつい上から見たりしてしまうのも人間です。

けれど、上も下も、正も悪もなく、他人様は、それで良いのです。

何に興味をもって、何に変わり、何になろうとも、あなたが大切なことはあなたにしか分からないし、あなただけが知っているのです。

だから、ごめんなさい。
私のブログを許してください。

あなたの思い通りに書けない事を。
ブログが、私の全てではないのです。
そして、思考も言葉もあらわし方も、みんな一緒なんてありえないのです。

だから、面白いのです。
だから、色々あるのです。

その全ては自分の知らぬ自分を知る為だけの出来事です。
私は実際のところ、神様も仏様も見た事がありません。
信じるとも信じないとも言えません。

初詣には行くけれど、祈祷の末、神様に戻ってもらい、神棚は処分してしまいました。
そこに神棚があるのに、手を合わす者がいなくなることが、神様が本当にいるのなら、とても失礼だと思ったからでした。

それでも、神も仏も見た事はないけれど、いきなり、ゴミ箱には神棚を捨てられなかったのです。
わたしはそういう人なのです。

スピリチュアルや占いもまだ本物に会った事がありません。
私の中での「ほんもの」を感じた事がない、ということです。

でも、それを信じる親友の事が、大好きだし、ついていくことも多いです。
いつかどこかで「ほんもの」に会えることを、実は、望んでいるのかもしれないし、そうでもないのかもしれないし・・・。

最近、地球の事が、気になりました。
なんなら、地球のある宇宙も気になりました。

そしたら、太陽と星と月も、ここに確かにあるのに、ここに確かに住んでいるのに勉強不足で・・・。

ここに太陽があって
ここに地球があって
ここに月があって

そして、太陽も月もなかったならば、地球上の私たちが生きていられないという事もお恥ずかしながら・・・知らなかったのです。
だから、私はこのところ、今のところ、宇宙をスピリチュアルとも思っていないけれど・・・。

月の影響で海の引き潮などが、起こる事も知らなかったし、月の満ち欠けが、太陽が当たる場所によって、あんな風に見えるという、そんな事も知らなかったのです。

無知過ぎたのです・・・。
今更ながら、本気でビックリしたのです。

月がそこにないと、地球の回転が速すぎて、地球の1日が8時間になってしまうこと。
そうなれば海は荒れ過ぎ、私たちはここにもいられないこと。

大林組が、宇宙に行くエレベーターを作っていて、2050年完成予定とのこと。

地球が太陽の周りを、まわっていることは知っていたけれど、月が太陽に照らされて、輝いていることは知っていたけれど、太陽もすごいスピードで、移動している事は知らなかったのです。

そして、太陽のまわりをまわっている星を含め、私たちの地球という星は、天の川銀河と言われている事も。

何も知らず・・・。

そんなことになぜ興味もなかったのか・・・。

きっかけは最近、景色が素晴らしいと感じるようになってからの事です。

正確に言うなら・・・涙が出るほど、感動する景色がある。

景色にすら、興味がなかったのです。
きっと私の景色は、かなり小さかったのです。
だから、意識が、自分の中で少し?変わったのです。

月と太陽、地球と・・・そういう理科の勉強?興味を持ってしまっています。

自由に勉強もします。
そんな感じでございます。
よろしくお願い致します。

興味がある人と、共感出来たら嬉しいです。

宇宙に興味を持つ者は、どうやら、悩み事が起きても、あまり大きく感じないそうです。

さて。

この長いブログを、最後まで読んでくださったあなたへ。
お礼を言いたいと思ったのです。

いつもありがとうございます。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

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